日刊工業新聞 糸永記者の訪問記

日刊工業新聞 糸永記者の工場訪問記

宮崎空港から車でおよそ15分。南九州の自然に抱かれた宮崎県宮崎市田野町にモリタ宮崎工場がある。
「ようこそ!いらっしゃい」。森田邦宏社長が満面の笑みを浮かべて出迎えてくれた。「こんにちは!」オフィス棟の玄関をくぐると、出会う従業員が皆、快活な挨拶をしてくれる。ゴミひとつ落ちていないエントランス(玄関ホール)。経済記者としての私の経験では、第一印象は企業の実力を知るための重要な「モノサシ」だ。「あいさつ」と「整理整頓」。「当たり前のことじゃないか」と言われそうだが、実際にきちんとできている会社はそれほど多くない。

「あいさつ」は人間関係の入り口(プロトコル)であり、うまく機能しないと十分で円滑な社内コミュニケーションは期待できない。
社内コミュニケーションが不十分だと、組織の活力は弱まり、やがて衰退する。日産自動車のカルロス・ゴーン社長が社内改革のため最初に手を着けたのが社内コミュニケーションの改善だったのは有名な話だ。
「整理整頓」は、わが国製造業の競争力を支える基盤といっていい。
「整理整頓」が行き届いているからこそ、従業員は無駄のない動きができ、製造現場の問題点をいち早く発見できる。
生産性が高い工場では建物や機械の隅々まで磨き上げ、油漏れなどの不具合が発生したら素早く汚れを発見して修繕し、機械停止などのトラブルが起こるのを未然に防ぐ。汚れていては不良個所の発見もままならない。
日本の生産方式を取り入れた欧米企業が「最も効果的だった」とする改善は「整理・整頓・清掃・清潔」のいわゆる「4S」だったという。たかが「あいさつ」「整理整頓」と、バカにすることなかれ、である。

森田社長にさっそく、工場を案内してもらう。
ホンダの乗用車「フィット」、「ライフ」等のドアミラー関連部品の製造から組み立てまでの一貫生産を手がけているほか、ドアの取っ手に当たるアウトハンドルやキーセットなどの自動車部品を得意とする。その一方で、最先端の電子部品も加工している。若い従業員が顕微鏡をのぞきながら、非常に細かい作業を正確かつスピーディーにこなしていく。
その他、新たに船舶関連、航空機関連産業にも進出し、企業基盤を確立している。 更に新規事業として医療分野にも参入を開始した。
生産設備は一通りそろっている。セラミック用超精密金型やプラスチック精密成型などモノづくりの基盤となる「川上」技術から、組み立て、検査といった「川下」技術までをカバーする。
森田社長は「日本中の企業に九州工場、宮崎工場として利用してほしい」と呼びかける。

今や製造業は時間とコストの戦い。短納期と物流費の削減を図るには、ユーザーの近くに工場がある方がいい。だからといって、多額の設備投資が必要な自前の工場を持つのは負担が大きい。
そこでモリタは、九州に生産拠点を持たない企業のための「出先工場」として機能しようというわけだ。さらにモリタには創業の礎となった商社部門もある。「出先営業所」としても活用できる。
「ただの製造業ではない」のも大きな強みといえよう。

モリタは1990年1月に産業機械や部品の販売商社としてスタートした若い会社だ。モノづくりの歴史はさらに新しい。
96年5月に他社の工場を間借りし、40人の従業員を新たに雇用して自動車部品製造に乗り出した。98年3月には田野町のフロッピーディスク(FD)部品工場跡地を建物ごと買収し、現在の生産体制を整えた。今や宮崎工場の従業員は160人を数え、年間売上高は12億強に成長した。
平成不況のなか、立ち上げからわずか5年で製造部門を軌道に乗せた原動力は何だったのか。私はそこに強い興味を持った。
森田社長はいう。「中小企業の最大の資源は工場でも設備でもない。人材ですよ」。
モリタの人事制度は徹底した能力主義。社歴を考慮しないわけではないが、評価に当たっては実績を最優先する。新入社員は新卒、中途採用を問わず、まずは3カ月の試用期間でお互いの「相性」をみる。試用期間終了後、森田社長は問いかける。「わが社はあなたが必要だが、あなたにとってモリタは働くにふさわしい会社か?」。相手が「はい」と答えれば、交渉成立。晴れて正社員として迎え入れられる。その後は本人の能力次第。正社員になって、わずか3カ月で管理職に登用される者もいる。一方、降格もあるから、社歴の長い管理職もうかうかしてはいられない。職場には緊張感がみなぎり、それが活力となってモリタを成長させる。

「モリタの壁は真っ白。従業員は赤でも青でも、何色を塗ってもいい。ただ、なぜその色を使ったのかをきちんと説明できるようにしなさい」というのが森田社長の口癖。「仕事は目的でなく、幸せになるための手段。だからこそ上から与えられるのではなく、自らが積極的に考え、自分自身の問題として向き合う姿勢が重要なのです」。
いつか社員に追い抜かれるのが森田社長の夢。「とてもじゃないけどお前たちにはついていけないよ、と私が降参するような従業員がどんどん出てきてほしい」。別れ際に大勢の社員と一緒に見送ってくれた森田社長が、床下のマットに引っかかっていた1本の糸くずを目ざとく見つけ、さっとポケットに入れた。1秒足らずの早業。細かいところまで行き届く気配りと、ほんの些細なことであっても見逃さない緊張感。
モリタの社員が自らのボスに追いつくのは当分先になりそうだ。だが、それは彼らにとって幸せなこと。
乗り越えるべき山が高ければ高いほど、人間は成長するのだから。

日刊工業新聞社
糸永正行
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